例会の報告

広島修道大学　非常勤講師 中道　豪一　様

広島の街を考えた時、そこに、おじいさんやおばあさんが語るような郷土の懐かしい話や、ほっとするような話が少ない気がするのは私だけでしょうか。原子爆弾の惨禍に関する話は、多く語り継がれていますが、広島城築城をきっかけに発展した広島の街で育まれた文化や生活を語れる人は、本当に少ない気がします。

今回の卓話は、広島の街で生活してきた人々が大切にしてきたものや文化に触れ、みなさんの心の中に「広島」をイメージしてもらえるよう配慮しました。昭和20年に広島へ投下された原子爆弾によって、断ち切られた記憶を現代につなげることがねらいです。

そこで焦点を絞ったのが旧暦６月１７日の賑わいです。この日は、厳島神社（廿日市市）で管絃祭が行われる日ですが、かつては広島県最大の祭りと言われ、多くの人々が厳島へ集まっていました。厳島だけでなく、厳島神社の神を祀る各地の神社でも、関連する祭礼や行事が行われていましたが、広島市中心部も例外ではありません。現在の平和記念公園に鎮座していた厳島大明神、現在も京橋側に鎮座する厳島神社には多くの広島人が祈りを捧げ、白島九軒町の河原では数百人の男子が奉祝の松明を振り、川には町々による御供船が姿を現しました。この風景は盛衰を繰り返しながら、戦前まで受け継がれていたのです。

しかしこれらの事実と記憶は、原爆によって奪い去られてしまいました。そして戦後、悲しみの日である８月６日は、１９年に１度、この祈りと喜びに満ちていた旧暦６月１７日と重なっていたにも関わらず、忘れ去られ年月を重ねていきました。そのような中、令和５年に講師の論文がきっかけで、御供船の艫飾りが発見されます。金糸銀糸で彩られた縦約２・８m、横約２．５mの大きな艫飾りの中央には、長刀を持った弁慶が描かれています。しばしば「広島は原爆で焼けて何も残っていない」と言われますが、受け継ぐべき祈りや喜びの記憶は、いまだ静かに佇んでいます。これ以降も研鑽を重ね、歴史や記憶のバトンを受け継ぎ、次代へ渡して参ろうと思います。